英雄クロニクルSS 紫の瞳の過去

これは、パープルがまだブリアティルトに来る前のお話です。

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【S−1 紫色の少女時代】

アルザス王国西部の貿易都市、ノーラン。そこは、東西交易路の要衝として栄え、様々な文化が交差する活気溢れる街だった。裕福な貿易商、ウルフ・レンドとホワイト・レンドの夫婦には、二人の娘、グリーンとブルーがいた。そして、三番目にして末娘として、パープルが生まれた。

パープルは4月12日、春の芽吹きが盛んな日に生まれた。小さな赤ん坊は、紫色の瞳と、やがてショートボブに切り揃えられる紫色の髪をしていた。まるで宝石のような、美しい少女だった。両親は、パープルを溺愛した。特に父親、ウルフは、三人の娘の中でパープルを一番可愛がり、彼女のどんなわがままにも応えてきた。

姉二人、グリーンとブルーは、そんなパープルを優しく見守っていた。もちろん、末娘であるパープルが生まれたことで、両親の愛情を分け与えなければならなくなったことに複雑な気持ちを抱いていたこともあった。しかし、普段は穏やかで優しい姉たちは、パープルと仲良く遊び、時にはパープルのいたずらやわがままに手を焼いても、決して彼女を憎むことはなかった。むしろ、妹を可愛がる気持ちの方が強かった。とはいえ、おもちゃの取り合いなどで姉妹喧嘩になることも、ままあった。

6歳になった春、パープルの生活に変化が訪れた。長女ブルーが、より高度な教育を受ける必要があったため、家庭教師が雇われたのだ。家庭教師の先生は、落ち着いた雰囲気の女性、エリザベス先生だった。彼女は、この世界の著名な魔法使いの一人であり、そのことを隠すこともなかった。この世界では、博識な人物は魔法使いであることが多く、エリザベス先生も例外ではなかった。

エリザベス先生は、ブルーに読み書き、計算、礼儀作法といった基礎学力を丁寧に教えた。そして、三姉妹はエリザベス先生から魔法を見せてもらうようになった。最初はグリーンが先生に魔法を見せることをねだり、やがてブルーも興味を持つようになった。そして、一番魔法に魅せられたのは、一番下のパープルだった。エリザベス先生は、三姉妹の好奇心を満たすかのように、ときおり魔法の原理を説明したり、簡単な魔法の実演を見せてくれた。

パープルは、エリザベス先生に夢中で質問した。「あの魔法は、どうやってするんですか?」「この魔法は、どんな呪文を使うんですか?」 エリザベス先生は、パープルの熱心さに微笑みながら、丁寧に答えてくれた。

12歳になった時、パープルは両親に懇願した。「お父様、お母様!私、魔法ギルドに入門したいんです!」

両親は驚いた。特に父親のウルフは、反対した。「魔法使いか…危険な仕事だぞ。お前には、立派な婿を選んで、貿易商の妻として幸せになって欲しいのだ。」

しかし、パープルの強い意志を前に、ウルフも折れていく。母ホワイトの説得もあり、最終的に両親は彼女の夢を叶えることを決めた。

パープルが魔法使いになる決意をした背景には、姉たちと肩を並べたい、という強い意志があった。それは、姉たちと対等に立てる唯一の方法のように思えたからだ。

こうして、パープルは、華やかなノーランを後に、魔法の道を歩み始めることになった。それは、彼女の運命を大きく変える、大きな一歩だったのだ。紫色の瞳に、新たな光が宿り始めていた。

【S−2 魔法修行と宝珠】

パープルは、故郷のノーランに最も近い地方中堅都市、ナイアスにある名門魔法ギルド「アストラル・タワー」に入門した。そこは、古くから多くの魔法使いを輩出してきた由緒あるギルドで、広大な敷地には、講義室や実験室、そして広大な魔法演習場が備わっていた。

最初の2年間は、基礎魔法の修練に費やされた。魔法理論、呪文の唱え方、魔力の制御法など、魔法使いとして必要な基礎を徹底的に叩き込まれた。パープルは、並外れた才能があったわけではないが、幼い頃からの魔法使いへのあこがれを胸に、必死に努力を続けた。しかし、その努力もむなしく、多くの科目で合格ラインぎりぎりの成績、もしくは落第寸前という結果に終わった。唯一、夢や精神といった、目に見えないものを扱う魔法だけは、不思議なほどに才能を発揮し、高い評価を得ることができた。

パープルには、致命的な弱点があった。それは、血を見るのが苦手で、血を見ると気絶してしまうことだった。爆発魔法の実習では、轟音に耐え切れず気絶することもあったが、それ以上に、怪我人が出た際に気絶して授業を妨害する方が問題視された。そのため、戦闘魔法の科目はことごとく落第を重ねた。

2年間の基礎課程修了後、専門課程への進学を希望する生徒たちは、各自の得意分野を活かせる専門課程を選択する必要があった。パープルは、多くの科目で低迷する成績だったため、進級すら危ぶまれた。しかし、精神魔法だけは飛び抜けて優秀だったため、その専門課程への進学が認められたのだ。他の魔法分野の成績が悪かったため、精神魔法を選んだというよりは、精神魔法の才能がなければ、そもそも進級できなかった、という方が正確である。

パープルの両親、特に父親のウルフは、この選択を聞いて、特に複雑な感情は抱かなかった。「戦闘魔法が使えないなら、モンスター退治のような危険なことをしようとも思わなくなるだろう。これでパープルの身も安全だ。」ぐらいにしか考えていなかった。魔法使いとしての評価は低くても、娘の安全を確保できるならそれでよかったのだ。

一方、パープル自身は、戦闘魔法を諦めなければならなかったことに、少なからず落胆していた。それでも、魔法使いとしての道を諦めることはなかった。彼女は、精神魔法でも、独自の道を切り開こうと決意した。

15歳の誕生日、パープルは両親から特別な贈り物を受け取った。それは、小さな、しかし美しく光り輝く宝珠(オーヴ)だった。

「これは、東方の交易先でたまたま見つけた宝珠だ。珍しいものだから、お前への誕生日プレゼントだ。」

父親のウルフは、そう言いながら、宝珠をパープルに手渡した。パープルは、その美しい輝きに目を奪われた。宝珠には、温かい魔力が宿っているように感じられた。

この宝珠は、単なる装飾品ではなかった。それは、パープルの運命を大きく変える、重要なアイテムとなる予感に満ちていた。精神魔法の修行は順調に進み、パープルは着実に力をつけていった。しかし、彼女を待ち受けていたのは、想像をはるかに超える、過酷な運命だった。宝珠に秘められた、驚愕の真実が、まもなく明らかになることになる。

【S−3 悪魔との契約】

17歳になったパープルは、アストラル・タワーの精神魔法専門課程で順調に学業を続けていた。彼女の精神魔法の才能は、他の生徒たちを圧倒するほどだった。しかし、その才能の源泉が、15歳の誕生日に父から贈られた宝珠にあるとは、まだ誰も気づいていなかった。

ある日、いつものように瞑想をしていたパープルは、宝珠から微かに感じる、異質な魔力に気づいた。それは、彼女がこれまで感じていた、温かい魔力とは全く異なる、冷たく、鋭い魔力だった。強い好奇心と、少しの不安を抱えながら、パープルは宝珠を詳しく調べ始めた。

彼女は、ギルド図書館で魔道具に関する古書を調べたり、魔法使いの先輩たちに質問したりしながら、宝珠の謎を解き明かそうとした。長期間にわたる研究の末、パープルは、宝珠の中に、何らかの封印が施されていることに気づいた。そして、その封印を解く方法も、徐々に理解し始めた。

封印を解く作業は、想像以上に困難だった。膨大な魔力と、複雑な呪文の理解が必要だったからだ。しかし、パープルは諦めなかった。彼女は、日夜宝珠と向き合い、研究を続けた。そして、1年以上もの歳月をかけて、ついに封印を解くことに成功した。

封印が解かれると、宝珠がパープルに語りかけた。最初は、優しく、穏やかな声だった。

「お前は素晴らしい技術を持つが、魔力がない。我が、お前に魔力を与えよう。」

今まで以上の力を得ることができると聞いて、パープルは喜びに満ちた。宝珠の指示に従い、パープルは宝珠を胸に置き、呪文を唱えるように言われた。

「では、我をお前の胸元、心臓の近くに置いて、呪文を唱えるのだ。『我らは今一つになって、力を開放する。』と。」

パープルは言われるままに宝珠を胸に置き、「我らは今一つになって、力を開放する」と呪文を唱えた。だが、それは契約呪文だった。パープルは、悪魔イプと契約してしまったのだ。

宝珠からパープルに、まがまがしい魔力が注ぎ始めた。パープルは驚いて宝珠を投げ捨てようとしたが、手から離れることはなかった。手が勝手に動き、宝珠はパープルの胸に近づいていく。パープルの非力な力では、それをとどめることができなかった。

やがて、宝珠はパープルの胸に吸い込まれるように溶け込み、心臓と一つになった。同時に、イプの圧倒的な魔力と、彼女自身の深層心理に潜む、劣等感や孤独といった負の感情が、徐々に彼女の心を蝕んでいった。

パープルは、幼い頃から姉たちに比べて劣等感を感じていた。魔法の才能も、他の生徒たちと比べて突出しているわけではなかった。彼女は、常に周囲と比較し、自分の無力さを痛感していた。イプは、その弱みにつけ込み、パープルの心に囁き続けた。

「お前は、特別な存在だ。私と力を合わせれば、世界を支配できる。誰もがお前を崇拝するだろう。」

イプは、パープルの潜在的な力と、負の感情を巧みに利用して、彼女を支配下に置こうとした。抵抗むなしく、パープルはイプの支配下に置かれ、悪に堕ちていくことになった。彼女の精神魔法は、想像をはるかに超えるほどに強化されたが、同時に、彼女の心は、イプの支配下に置かれたのだ。

「我が、お前に魔力を与えよう。さあ、世界を変えるのだ。楽しい世界に…。」

イプの声が、パープルの心の中に響き渡った。

【S−4 魔王パープル】

イプと融合したパープルは、アストラル・タワーで徐々に、そして確実に、周囲の人間を支配下に置いていった。最初は、ごく少数の生徒や教師だったが、彼女の精神魔法は、イプの膨大な魔力によって飛躍的に強化されていたため、一度支配下に置かれた者は、完全に彼女の意思に従属するようになった。そして、その支配は、まるで伝染病のように広がっていった。

支配された者たちは、パープルから逃れることができない。しかも、パープルは、支配した者たちから魔力を吸い取り、さらに強力になっていった。それは、まるで、負の連鎖の始まりだった。

アストラル・タワーを完全に掌握したパープルは、ナイアスの街へとその魔の手を伸ばした。彼女は、ギルドの権威を利用して、ナイアスの有力者たちを次々と支配下に置いていった。富豪、貴族、そして、ナイアスの領主までもが、パープルの操り人形となった。

ナイアスの街は、パープルの支配下に完全に落ちた。街の人々は、パープルの圧倒的な力の前には無力だった。パープルは、街の治安維持を名目に、彼女の意思に反する者たちを粛清していった。抵抗する者は、容赦なく処刑された。

ナイアスを掌握したパープルは、次の標的へと目を向けた。それは、アルザス王国だった。彼女は、ナイアスを拠点として、アルザス王国への侵攻を開始した。圧倒的な魔力と、洗脳された兵士たちを率いて、パープルはアルザス王国の領土を次々と征服していった。

アルザス王国の王は、パープルの前にひざまずき、降伏した。王国の全土は、パープルによって支配された。彼女は、アルザス王国の王宮を拠点として、周辺諸国への侵略を開始した。

パープルの支配は、周辺諸国へと拡大していった。多くの国々が、彼女の前に屈服した。パープルは、かつての優しい少女の姿を完全に失い、冷酷非情な魔王と化していた。彼女の紫色の瞳には、もはや、かつての温かさは残っていなかった。

その冷酷な支配は、300年に渡る暗黒時代をもたらした。人々は、パープルを「魔王パープル」と呼び、恐れ慄いた。彼女の支配は、絶対的な恐怖によって保たれていた。

しかし、パープルの支配は、永遠に続くわけではなかった。どこからともなく現れた勇者が、彼女の支配に終止符を打とうと立ち上がった。それは、壮絶な戦い、そして、悲劇の始まりだった。パープルの支配は、徐々に、しかし確実に、終焉へと向かっていた。彼女の支配が永遠に続くものだと思っていたパープルは、想像を絶する恐怖を味わうことになるだろう。

【S−5 勇者の来訪と封印】

300年に及ぶ魔王パープルの支配は、人々の絶望を深めるばかりだった。しかし、人々の絶望の中で、希望の光が灯り始めた。それは、どこからともなく現れた、一人の勇者の姿だった。

その勇者は、並外れた剣技と、揺るぎない正義感を持つ人物だった。その出自や名前を知る者は誰もいなかった。まるで、伝説の英雄が、人々の願いを叶えるために、この世界に舞い降りてきたかのようだった。あるいは、神が人々を救うために、眷属を遣わされたのかもしれない。勇者は、各地で生き残った抵抗勢力と手を組み、魔王パープル打倒を目指して戦いを挑んだ。

勇者率いる抵抗勢力は、徐々にパープルの勢力を削っていった。しかし、パープルの魔力は絶大だった。彼女の精神魔法は、抵抗勢力たちの心を惑わし、仲間同士を争わせることもあった。幾度となく絶体絶命の危機に陥りながらも、勇者は諦めなかった。彼は、仲間たちを鼓舞し、戦い続けた。

そして、ついにその時が来た。勇者は、パープルと最後の決戦に臨んだ。それは、アルザス王国の王宮で行われた、壮絶な戦いだった。勇者の剣は、鋭く、そして力強く、パープルの魔力を切り裂いていった。しかし、パープルの魔力は、想像をはるかに超えるほど強大だった。勇者は、幾度となく倒れながらも、立ち上がり続けた。

彼の揺るぎない正義感と、人々の願いが、彼の身体を突き動かしていた。そして、ついに、勇者は、パープルの心臓を貫く一撃を放った。それは、まさに奇跡の一撃だった。パープルは、倒れた。

しかし、それは、終わりではなかった。パープルは、イプと融合していたため、簡単に死ぬことはなかった。彼女の体は、崩れ始め、黒い霧となって消えようとしていた。

パープルの敗北を知った人々は、歓喜に沸いた。しかし、その喜びも束の間、勇者は、静かに、しかし力強い声で語り始めた。

「パープルは不死です。これは、一時的な無力化に過ぎません。私は、彼女を異世界『ブリアティルト』に封じ込めました。」

賢者や王族たちが、驚きと不安の入り混じった表情で勇者を見つめる中、彼は続けた。

「封印が解ければ、彼女は力を取り戻すでしょう。今後、ずっと封印を守り続けなければなりません。」

勇者からの説明を終えると、人々は、パープルを完全に倒したわけではないという事実を受け止め、これから始まる長い封印の維持に備え始めた。

そして、勇者は、再び静かに、何も語らずに、その場を後にした。彼の姿は、人々の記憶の中に、伝説として語り継がれていくことだろう。人々は、彼を特別な存在、まさに奇跡の救世主として崇めるようになった。

しかし、誰も彼の出自も、名前も、そして、彼が再び現れるのかどうかを知る由もなかった。

【S−6 ブリアティルトへの流転】

黒い霧のような状態から意識を取り戻したパープルは、自分が異世界『ブリアティルト』に送られたことを理解していた。しかし、自分がどこにいるのかは分からなかった。気が付くと、そこは異様な空間だった。昼暗く、夜明るい、闇でも光でもない混沌とした場所。

そこは、パープルが知る由もないが、オーラム共和王国の王都アティルト近郊にある巨大遺跡「黄昏の聖域」の中心部、黄金の門の直近だった。

そこは、昼暗く、夜明るい、闇でも光でもない混沌たる逢魔の領域だった。黄金の門から微かに漏れる魔力は、パープルの体を蝕んでいたイプの力をさらに弱体化させた。上位の存在による、意図的な干渉だった。しかし、パープル自身はそのことを知る由もなかった。

イプの力が弱体化したことにより、パープルは、イプの支配から逃れられた。彼女の意識は、かつての優しい少女、パープル・レンドへと回帰した。彼女は、自分が何をしたのかを思い出した。そして、その罪の深さを痛感した。

かつての記憶が蘇り、パープルは自分が犯した罪の重さに耐えかねて、涙を流した。彼女は、イプに操られ、多くの人々を苦しめ、無数の国々を滅ぼした魔王だったのだ。その事実を受け止め、彼女は深い後悔に沈んだ。

しかし、彼女は絶望しなかった。イプの力は弱体化していたものの、まだ完全に消滅したわけではなかった。その残留する力を感じ取ったパープルは、イプと戦うことを決意した。この世界で、自分の精神が正常化できたということは、なにか解決策があるかもしれないという希望を抱かせたのだ。

彼女は、イプを完全に消滅させ、自分自身を救済する必要があると確信した。そして、その方法を見つけるために、まずはこの黄昏の聖域からの脱出を試みることにした。

黄昏の聖域の内部は、複雑な迷路のようだった。今のパープルは昔のように微力な魔力しかなく、戦闘魔法の苦手な自分に果たしてこの迷宮を抜け出せるのだろうかと憂鬱な気持ちになった。しかし、不思議なことにモンスターの類は全く現れることなく、迷宮を踏破することができた。

幾多の危険を乗り越え、ついにパープルは黄昏の聖域の出口にたどり着いた。

そこには、見慣れない風景が広がっていた。高い塔が立ち並ぶ街並み、そして、遠くには山脈が見えた。それは、パープルがかつて知っていた世界とは、全く異なる光景だった。

この異世界の片隅で、イプを倒し、そして、自分の贖罪の道を歩むため、彼女の新たな旅が始まる。

彼女は、荒涼とした遺跡の外へと足を踏み出した。

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